50代後半。
夫の病気になり、さらに夫の友人の死にも直面しました。
そのとき初めて、心の奥にずっと居座る問いが生まれました。
「私たちは、いつまで元気に働けるんだろう」
「そして、この家をいつまで維持できるんだろう」
住まいって、元気なときは“快適さ”が正義。
でも、体力や状況が変わると、同じ家が“重さ”に見えてくることがあります。
おしゃれな一軒家が、急に「大きすぎる家」に見えた日
我が家は、オール電化の一軒家。
お風呂は大きくて、階段もおしゃれで、気に入っていました。
でも、暮らしの現実はこうでした。
- 雪国特有の雪かき
- 山のような荷物
- 家の維持と修理(突然くるし、いくらか分からない)
- “終わりのないリフォーム”の気配
そして一番大きかったのは、これ。
「もし夫に何かあれば、私ひとりでは維持できない」
子どもたちも、将来どこに住むかわかりません。
少なくとも「この家を維持していく」とは思えなかった。
思い出のある家なのに、
この頃から、家を**“愛着”と“将来の負担”**で天秤にかけるようになりました。
母の死で痛感した「正常な判断ができるうちに」の意味
さらに、母の死に直面したことも大きかったです。
断捨離の大切さ。
老後計画を早くからしておく必須さ。
そして何より、正常な判断ができるうちに整理することの重要さ。
「いつかやる」って、やらない。
これは綺麗ごとじゃなくて、現実でした。
「売れるうちに売ろう」築19年で決断した理由
一軒家の維持には、終わりがありません。
修理もリフォームも、突然やってきて、金額が読めない。
だから私は、こう決めました。
- 売れるうちに売ろう
- 引っ越しできる体力があるうちに動こう
- 築19年までなら、価値がまだ保たれやすい
ありがたいことに、良い方との出会いがあり、家はすぐに売れました。
決断のスピードが必要でしたが、今振り返ると「早く動けたこと」が一番の安心につながっています。
急きょ賃貸へ。ここで分かった「利便性は正義」
急な引っ越しで、賃貸マンション暮らしが始まりました。
いわゆる“今どきマンション”の便利さを体験して、感じたことがあります。
利便性は正義。
ただし、理想と現実の差もありました。
- 風呂やジムは「最初だけ」
- 貸し部屋も結局使わない
- お泊まりも、部屋を使うほど来ない
「あると素敵」より、
「毎日使うかどうか」が暮らしの満足度を決めるんだな…と実感しました。

そして、賃貸のままでは不安も残った
賃貸は気楽で便利。だけど私は、「ずっと家賃を払い続ける」暮らしに、じわじわ不安が出てきました。
家がないこと自体が不安というより、何かあった時に選択肢が急に狭くなるのが怖かった。
だから買う。ただし条件は2つ。10年以内に払い切れること、そして夫に何かあっても自分で払えること。この条件だけは、最初から崩さないと決めました。
この“2つの基準”を持った瞬間、探し方が変わりました。
憧れや見栄ではなく、安心から逆算して選べるようになったからです。
まとめ:住まいを変えたのは「弱さ」じゃなく「準備」だった
家を売るって、寂しさもある。
でも私にとっては、「諦め」ではなく「準備」でした。
- 元気なうちに動く
- 正常に判断できるうちに整理する
- “もしも”が来ても、暮らしが崩れない形にする
50代後半で住まいを手放す決断をしたのは、
これからの人生を“軽くする”ためだったと思っています。

国土交通省|住宅リフォームの支援制度(支援制度の整理ページ)
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_fr4_000087.html
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